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大阪地方裁判所 平成6年(ワ)5611号 判決

原告

巽武男

ほか一名

被告

堀江二郎

ほか一名

主文

一  被告らは、原告らに対し、連帯して各金六九一万八二七二円及びこれに対する平成四年一一月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その四を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は、原告ら勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告らに対し、連帯して各金三四八八万九六〇〇円及びこれに対する平成四年一一月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、普通乗用自動車が路外の街路樹などに衝突し、これにより死亡した同乗者の遺族から、同車の運転者に対し民法七〇九条に基づき、保有者に対し自賠法三条に基づき、それぞれ損害賠償請求した事案である。

一  争いのない事実など(証拠及び弁論の全趣旨により明らかに認められる事実を含む。括弧内に摘示したのは認定に要した証拠である。)

1  事故の発生

訴外巽正人(以下「亡正人」という。)は、次の交通事故(以下「本件事故」という。)により死亡した。

(1) 発生日時 平成四年一一月一一日午前三時三〇分ころ

(2) 発生場所 名古屋市千種区東山通三丁目二九番地先路上(以下「本件事故現場」という。)

(3) 事故車両 被告堀江二郎(以下「被告二郎」という。)運転の普通乗用自動車(名古屋三三ひ一三三二、以下「本件車両」という。)

(4) 事故態様 被告二郎が本件車両の助手席に亡正人を同乗させ、本件事故現場付近道路を東山公園方面から唐山交差点方面に向かつて進行中、同車を左前方に暴走させて路外の街路樹などに衝突させたものである。

(5) 結果 本件事故により、亡正人は脳挫傷の傷害を負い、救急車により名古屋第二赤十字病院に搬送されたが、同日午前四時二〇分ころに外傷性シヨツクが原因で死亡した。

2  被告らの責任原因

(1) 被告二郎は、本件車両を運転し、制限速度が時速五〇キロメートルである本件事故現場付近道路を時速一〇〇キロメートルを上回る速度で進行したうえ、進路前方の交差点の対面信号が黄色に変わつたことに狼狽し、急制動の措置をとるとともにハンドルを左に転把した過失により本件事故を惹起させたものである。

(2) 被告堀江政輝(以下「被告政輝」という。)は、訴外株式会社ヤナセから本件車両を所有権留保付割賦販売契約により買受けて使用権原を取得した本件車両の使用権者であり、本件事故当時、本件車両を二男である被告二郎に使用させていた。

3  原告らの地位(甲三)

原告巽武男(以下「原告武男」という。)と同巽喜代美(以下「原告喜代美」という。)は亡正人の両親であり、法定相続人であつて、亡正人の本件事故による損害賠償請求権を各二分の一の割合で相続した。

4  損害の填補

原告らは、自賠責保険から二九八八万八三四〇円の支払を受けるとともに、被告らから遺体の搬送費として一〇万七八五〇円の支払を受けた。

二  争点

1  過失相殺・好意同乗による減額の可否

(1) 被告ら

本件事故は、亡正人がシートベルトも不着用で、被告二郎の暴走行為を承知して同乗したものであり、危険承知或いは危険関与型の好意同乗であることから、損害の公平な分担から、少なくとも総損害に対し四〇パーセントの過失相殺・好意同乗減額をなすべきである。

(2) 原告ら

亡正人のシートベルト不着用の事実は不知であるが、本件車両の助手席部分は街路樹などに衝突して大破しており、着用していても亡正人の死亡は避けられなかつたものであるから、仮に不着用であつたとしても、これによる過失相殺減額の主張は理由がない。

また、亡正人は、アルバイト先である被告政輝経営のビデオレンタル店が閉店となり、帰宅しようとしていたところ、被告二郎から本件車両へ同乗するように誘われたため同乗したもので、亡正人の積極的な意思に基づくものではなく、事故原因も被告二郎の速度違反による運転操作の誤りであつて亡正人はなんら寄与していないのであるから、好意同乗減額の主張は理由がない。

2  損益相殺

(1) 被告ら

原告らは、被告政輝加入の任意保険から、搭乗者傷害条項による死亡保険金一〇〇〇万円の支払を受けたものであるから、これを損益相殺の対象とすべきである。そうでないとしても、慰謝料額算定にあたり斟酌すべきである。

(2) 原告ら

被告らの主張は争う。

3  損害額

第三争点に対する判断

一  過失相殺・好意同乗による減額の可否

1  本件事故態様は前記のとおりであるところ、証拠(乙三、七、八、証人加藤真、被告二郎本人)によれば、亡正人が本件車両に同乗した経緯、事故後の本件車両の破損状況等につき、以下の事実が認められる。

(1) 亡正人は被告政輝経営のビデオレンタル店に本件事故の一か月半前からアルバイトとして勤務しており、被告二郎は被告政輝の二男で、同店の手伝いをしていたものである。

(2) 本件事故当日、閉店間際の午前三時ころ、ビデオの返却に来た訴外石原朋之(以下「石原」という。)と、被告二郎は石原所有の普通乗用自動車(トヨタソアラ、以下「石原車」という。)と被告二郎が使用していた本件車両(ベンツ)の加速性能の競争をしようと話し、帰宅しようとしていた亡正人と同じくアルバイト店員の加藤真(以下「加藤」という。)に同乗するよう誘つた。亡正人と加藤は、加速の競争をすることを知つたうえで、これに応じ、亡正人が被告二郎運転の本件車両助手席に、加藤が石原車助手席に、それぞれ同乗した。

(3) 被告二郎と石原は、前記ビデオレンタル店前を走る県道名古屋長久手線で交差点の対面信号が青になると、急加速するといつた競争をして、前記事故が発生した。

(4) 本件車両は左ハンドルであるが、本件事故後、右側面が凹損し「く」の字に車体が曲損し、横転していた。

以上の事実が認められる。

なお、被告二郎の刑事裁判における被告人供述調書中には、亡正人が「ソアラ早いね、負けちやいかんでー。」と繰り返し言つていたと、亡正人が競争を煽つていたとも解される記載部分、また、被告二郎がシートベルトを付けるようにいつても亡正人が付けなかつた旨の記載部分があり(乙一一)、同人は被告二郎本人尋問においても同旨の供述をするところでもある。

しかしながら、右記載部分、供述部分は、捜査段階では全く供述されていないこと(乙八、九)に加え、被告二郎本人尋問において、競争の経緯もよく覚えていない、同乗の経緯については自らが亡正人を誘つたか否かについては記憶にないなどと事故のことはよく覚えていないと供述する一方で、前記の亡正人の落ち度とされる点については明確に供述するもので、自らの責任を軽減しようとする意図が窺えるものであつて、右記載部分、供述部分はにわかに信用することはできない。

2  右事実によると、亡正人がシートベルトを着用していたか否かは明らかでなく、不着用を理由とする過失相殺は理由がない(なお、付言すると、前記認定によれば、本件車両の損傷とくに助手席側の損傷は重大であつて、シートベルトを着用していれば、亡正人が死亡しなかつたとは到底いえるものではなく、仮に不着用であつたとしても、減額理由とならないことは同様である。)。

また、右によれば、亡正人は、被告二郎が石原と競争すること、即ち制限速度を超える速度で走行することを承知で被告二郎の誘いに応じて同乗したもので、通常走行に比し事故発生の可能性が極めて高いことを知つて同乗したものというべきであるが、競争を煽つた事実も認められないこと、亡二郎が経営者の子であり、亡正人がアルバイト従業員であつたことなどの事情も併せ斟酌すると、その損害については、公平の見地から二〇パーセント減額するのが相当である。

二  搭乗者傷害条項に基づく死亡保険金の支払が損益相殺の対象となるか。

争いのない事実によれば、本件車両につき、被告政輝が東京海上火災保険株式会社と自動車保険契約を締結していたこと、右保険会社は約款の搭乗者傷害条項に基づき、死亡保険金一〇〇〇万円を支払つたことが認められる。

ところで、右保険は定額払であつて、その給付内容が実損を填補するものではなく、約款によつても保険代位することはない旨規定していることから、右保険金の支払は損害の填補として損益相殺の対象とはならないというべきである。しかしながら、右保険料は被告政輝が支払つていたものでもあり、慰謝料算定にあたつては、右保険金の支払を斟酌するのが相当である。

三  損害額(各費目の括弧内は原告ら主張額)

1  逸失利益(六〇〇七万八五〇二円) 三四〇五万八〇六九円

証拠(甲一、三、原告武男本人、原告喜代美本人)によれは、亡正人は本件事故当時、二〇歳(昭和四七年五月三日生)の健康な男子で、中京大学法学部一年に在学中であつたことが認められる。右によれば、亡正人は本件事故により死亡しなければ、二三歳から稼働可能な六七歳に至るまで、少なくとも、平成四年賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・男子労働者・新大卒二〇ないし二四歳の年収額三二二万八一〇〇円程度の所得を得られたであろうことが推認されるから、収入の五割を生活費として控除し、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、逸失利益の現価を算定すると、三四〇五万八〇六九円となる。

(計算式)3,228,100×(1-0.5)×(23.832-2.731)=34,058,069(小数点以下切捨て、以下同様)

2  慰謝料(二五〇〇万円) 一八〇〇万円

亡正人の年令、家庭状況、搭乗者傷害条項による保険金の支払、被告らの本件事故後の原告らに対する態度などの諸般の事情に照らすと、その慰謝料としては一八〇〇万円が相当である。

3  葬祭関係費(八二八万九〇三九円) 一〇〇万円

証拠(甲五ないし四六、四七の1、2、四八、四九の1、2、原告武男本人)によれば、亡正人の葬儀関係費用・仏壇購入費として原告ら主張額を要し、原告らが負担することが認められるが、本件事故と相当因果関係が認められる葬儀関係費用としては一〇〇万円が相当である。

4  小計

右によれば、原告らの損害額(弁護士費用を除く。)は、被告ら負担の遺体搬送費一〇万七八五〇円を加算すると五三一六万五九一九円となり、前記好意同乗による二〇パーセントの減額をすると、四二五三万二七三五円となる。これから、さらに、既払金二九九九万六一九〇円を控除すると一二五三万六五四五円(原告ら各六二六万八二七二円)となる。

5  弁護士費用(六三〇万円) 一三〇万円

本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は一三〇万円(原告ら各六五万円)と認めるのが相当である。

四  まとめ

以上によると、原告両名の本訴請求は、被告ら各自に対し、各金六九一万八二七二円及びこれに対する平成四年一一月一一日から各支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

(裁判官 髙野裕)

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